文芸共和国の会

考えるためのトポス

第7回「文芸共和国の会」開催のお知らせ

※8/18 シンポジウム登壇者の梗概を公開しました。

※8/18  印象に関する問題系を整理した「印象とはなにか」(逆巻)を公開しました。 

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※梗概、ハンドアウト等順次公開していきます。

※本会メーリングリストでは、運営方針や具体的な開催の構想その他について闊達な議論が行われています。現在のところ、海外、全国津々浦々より、学者/市民、先生/学生の区別なくさまざまな方々に参加いただいております。メーリングリスト参加をご希望の方は「vortexsitoneあっとまーくgmail.com(逆巻)」までお願いします。

 

 日差しの角度とぎらつきに戦慄を覚えずにはいられないこの酷暑を、いかがサヴァイヴしてらっしゃいますでしょうか。逆巻しとねです。

 これまで二本の発表と対話を範型として順次、広島・山口・福岡で開催してきた「文芸共和国の会」ですが、今回は趣向を変えて新しい挑戦をしてみたいと思います。

 各専門領域が備える壁を壊すことなく維持しつつ対話を試みる場をつくる、というコンセプトをより先鋭化させるために、壇上を異分野遭遇の場として設定してみます。

 総合格闘技のルールが確立され、バックグラウンドの異なる選手どうしが互いに不利を被らないようするための統一ルール締結交渉がなくなって久しい昨今ですが、確固たる共通言語の存在しない学術の世界においてはそのような緊張感ある場をつくることは今でも可能です。語彙や思考回路、背負っている歴史の異なる諸学がそれぞれガラパゴス的な進化を遂げた現状は、惜しみなく学知の交換を重ねた学問の共和国(文芸共和国)や万学に通じた博覧強記礼賛の伝統からすれば堕落のようにも映ります。しかし裏を返せば、理系/文系の分断もなくスムーズに学術的交流ができていた時代には、異分野との遭遇というスリルはあまりなかったのかもしれません。専門分化が進み洗練された専門知が林立している現代だからこそ、専門を違えるグラップラーが一堂に会する不穏で胡乱な異種格闘技戦を堪能できるのではないでしょうか。

 しかし本会の醍醐味は、歴戦の勇が相まみえる試合を観客がビールとつまみを持ち込んで観戦するというところにはありません。端的に言って、これはショウではありません(殺し合いでもありませんが)。会の参加者ひとりひとりがグラップラーなのです。自分は研究者ではない、専門性とは縁がないという方もまた、ストリートファイターでありましょう。リングは壇上にはない。場全体が「白いマットのジャングル」(『タイガーマスク』)なのです。

 ただ場をリングとして形成するのは、寄る辺なき自由な意見ではなく、専門性の負荷を帯びた議論であることを忘れてはならないでしょう。専門性に根差した議論をたたき台としていない対話は、空論に過ぎません。これは昨今の専門性軽視の風潮に対する批判でもあります。専門知をなくせば互換可能な情報しか残らない。対話の土台となるのは、専門家集団を背景にした専門知です。ここを理解して初めて、非専門家を交えた対話は始まります。

 リングの足場となるのは、学びの価値に対する無条件の信頼です。教える/学ぶという非対称性に基づいた学知の伝達というモデルには限界があります。教える立場にいる専門家から学ぶという構図は、えてして学ぶ側が与えられた知識を鵜呑みにし、批判の契機を見失うという帰結を生むことになります。しかしそのように役割を割り振ることなく、すべての人が学びの価値を共有すれば、社会生活におけるさまざまな局面において、環境に適応しつつも完全に適応できない部分を誰もが取り逃がすことなく批判することができるようになるでしょう。学びは学校の敷地を越えて社会で共有すべき価値です。このような理念が社会に浸透して初めて専門知は存在意義を確固たるものとし、また非専門家も対話に加わることができる。学びの価値を共有し、対話を通じて最小限の合意を形成し、各自の立場の違いやわからなさを認識し、そしてその差異から生まれる予期せぬつながりを模索する場を目指します。

 人間関係やしがらみ、空気といった、わたしたちに与えられ、わたしたちが依存しているさまざまな関係性は、生活を安定的に保つ上で必要なものです。しかし好循環ばかりが続くわけではない。時にはこのわかりきった関係性に楔を打ち込み、流れを変えることも必要になるでしょう。そのためにはわたしたちを等しく貫いている関係性にわからなさや違和感を感じなければならない。しかし違和感はいつも、自分とは別の存在との差異としてしか理解できません。換言すれば、違和感はひとりぼっちでは感じることができない。差異は、同じ関係性のなかに巻きこまれている(人間とは限らない)さまざまな存在を、ちょっとよくわからない、違う時間を生きている、自分とは異質の存在として認める出会いがもたらすのです。当たり前の関係性から身を引きはがし、異質なものに出会うところに学びの本質はあります。畢竟、なにかに出会わなければならない以上、まったくのひとりでは学ぶことはできないのです。

 本会は通常の意味での学会でも研究会でもない、学びの享楽と価値を信じる人たちのための学術的な出会いの場です。上述したような意味でなにかに出会えるかどうかは、参加者の学びに対する信頼にかかっていると思います。このたびの異分野格闘イベントがさらなる出会いを生みだすよう、ささやかながらリング設営のお手伝いをさせていただきます。

 というわけで、現代社会を蹂躙する「印象操作」だの「第一印象」だのにドロップキックを喰らわせるシンポジウムがこちらです。 

 

              印す - 象る - 消えてゆく

    ――英文学/メディア論/哲学から印象へ――

 

             シンポジスト: 石井 有希子 (英文学)

                     太田 純貴 (メディア論)

                     宮野 真生子 (日本哲学)

             

                  参加自由/入場無料 

       

       日時: 2017年 9月17日(日) 12:00~17:00

       会場: 九州工業大学サテライト福岡天神

          (〒810-0001 福岡市中央区天神1丁目7番11号イムズ11F)

 

※各登壇者の発表の方向性・問題設定を示す梗概を集めたものです。ご高覧ください。

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※ 印象に関する問題系を整理したものです。当日は冒頭、5~10分程度でまとめます。ハードコピーの配布はしません。(逆巻)

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※同日、18:00~天神周辺で懇親会を開催します。参加費は4000円程度。参加希望は、9月3日までに逆巻 (vortexsitone@gmail.com)にお知らせください。 領収書も用意しております。